堅苦しい書き出しになってしまうが<権利と義務>は
まさに表裏一体で目に見えない人々の心の中の意識で
隔てられる
・・・が、この微妙の差ほど大きな開きはない!
最近は、もう、どこ吹く風? とばかりに原発反対の意識も声も遠のき
人々はまるで福島原発事故はすでに収束したかのように
放射能汚染も被ばくも、そんなの昔の出来事のように
他人事になってしまっている・・・が、それは
政府行政+マスコミに先導誘導されているだけで
現実は日々深刻の途を暴走するように走っている
福島は元より首都圏を中心とした関東地域での
白血病死亡者数は昨年の7倍を記録し政府行政+
マスコミにより隠蔽され胡麻化されているだけで
福島原発事故による日本人の顕著な健康被害が
隠しきれなくなっている現実さえ知る人少なしが
寂しい悲しい今日である
さらに政府行政の国民を裏切る行為は放射能被ばく
との関連性を疑われる数値を全国平準化しようと
福島の被ばく土壌や汚泥を全国各地に拡散させ
汚染米を全国の小学校や災害時の支援米に使用
するために次々と法規制を姑息に変更している
歴史を検証すると独裁国家(共産主義国家も一部の
特権階級による施政であるため独裁国家に入る)の
特徴は異常なほどの国民の大量虐殺である
ヒットラー然り、スターリン然り、ポルポト政権
然り、毛沢東然り、そして戦前の日本の帝国軍事政権
然りである。そして今日の安倍独裁政権も同じ道を
急速に走り始めている
さて、反原発の声が高まり始めたころ、反対なら
呉越同舟だ~という意見が多かったが筆者は反対した
自己の生活圏を確保するという権利の主張組と
日本社会を守るのが国民の義務だという正義感の
主張は混じることがないのだ
権利の主張はコケルし誘導に弱い
義務感の連帯が広がらないと社会は変わらない!
独裁国家は、どのように誕生するのだろう?
平和という美名に惑わされた戦争(闘争)への
誘導である
義務という美名に惑わされた際限のない権利の
あくなき追求への誘導である
今日の日本社会そのものではないか!
無関心という病が今日の日本社会を覆っている
これは一見権利を放棄したような勘違いに走り
その抑えとして感謝という言葉が流行っているが
現実は義務の放棄であり人間性の放棄である
本来なすべきことが山とある筈だけど、もう、
どうにもならないので目の前の楽しいことだけを
追っかけよう~と全員が義務を放棄した現象に
しか見えない
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